アイナメの生態
アイナメは普段はとても地味な色をしていますが、産卵期を迎えた雄の体色は鮮やかな黄色に変化します。「婚姻色」と呼ばれるこの色は雌に自分をアピールするためと考えられており、いわば「婚活中のアイナメ」の証。そのため、産卵期が終わるとこの美しい体色は消えてしまい、もとの地味な色へと戻ります。この黄色くなった雄のアイナメは、その色から釣り人の間では「金太(キンタ)」や「キツネ」という愛称で呼ばれることもあるようです。
秋から初冬にかけて、水温が16〜18℃を下回るとアイナメの産卵が始まります。雌は産卵期の間に何度も産卵を行いますが、1回の産卵で産み落とされる卵の数は千から一万粒ほど。卵は直径2㎜ほどの大きさで、雄の縄張りにある岩の窪みや海藻の茎に塊として産みつけられます。雄の縄張りは水深5〜30mほどの潮通しがよく岩の多い場所につくられ、雌を誘い込んで産卵させます。この時、雄は次々に複数の雌を誘い込むため、産みつけられた卵は黄褐色や濃緑色の大きな塊になります。
「複数の雌を誘い込むとはけしからん!」と怒る方もおありでしょうが、この後の雄の苦労はなかなかのものです。実は産卵を終えた雌はさっさとその場から立ち去ってしまうため、卵の世話はすべて雄が行わなければならないのです。しかも雌のアイナメには仲間の卵を食べる習性があるため、隙があれば卵を襲いにやってきます。自分で生んだ卵でさえ食べに戻ることがあるのです。もちろん卵を狙っているのは雌のアイナメだけではないので、卵を守っている雄以外はすべて敵ということになります。そのため、縄張りに侵入してくるものに対して雄は激しく攻撃し、自分よりはるかに大きなダイバーでさえも追い払おうとするのです。また、敵を追い払うことに気をとられて卵の世話がおろそかになると孵らない卵が増えてしまうため、そちらでも気を抜くことができません。卵が孵化するまでの約一ヶ月、敵を追い払ったり、胸びれで卵に新鮮な海水を送り続けたり…アイナメの雄にはほとんど休む暇がなく、しかもその間エサを口にすることはありません。近頃は育児に積極的なお父さんのことを「イクメン(育男)」と呼ぶようですが、アイナメの「イクメン」ぶりも立派でしょう?
さて、このように何とか雄に守られて孵化した仔魚の大きさは7㎜ほど。体はまだ透明で、卵黄をお腹に抱えたまま活発に泳ぎ回ります。孵化してから5日ほど経つとエサを摂るようになり、2〜3ヶ月ほど海の表層で過ごします。この頃の仔魚は親と姿形が著しく異なり、青緑色の背と銀色の腹をしていますが、体長が6㎝ほどに育つと親魚と同じような姿になり海底での生活に移ります。雄は約1年、雌は約2年で成熟し、生後2年で20㎝ほど、3年で25〜30㎝、4年で30〜35㎝ほどになります。
アイナメの栄養
アイナメの身はくすんだ白身をしていて、触ると軟らかい感じがします。しかし、白身魚とはいってもその身は淡白ではなく意外なほど脂がのっており、ビタミンEやDのほか、ダイエットや疲労回復に役立つビタミンB2も多く含まれています。
そういえば、池波正太郎が著した「鬼平犯科帳」の中には『上方でいう〔あぶらめ〕という魚。関東では鮎並(アイナメ)というし、江戸へ入る小さなのを〔クジメ〕ともよぶ。平蔵は、これを辛目に煮つけたものが、好きであった。』と書かれた箇所があります。「鬼の平蔵」こと長谷川平蔵は、火付盗賊改の仕事が忙しすぎるために床に臥せっていることも多かったようですが、ビタミンB2がたっぷりのアイナメを食べることで日頃の疲れを癒していたのでしょうか?ちなみに池波正太郎の作品にはこのアイナメの煮付け以外にも美味しそうな料理がたくさん登場するので、二代目中村吉右衛門(世代が上の方だと八世松本幸四郎でしょうか)が演じる長谷川平蔵になったつもりでそれらを食べるのも楽しいかもしれませんね。
さて、アイナメは主に磯に棲むカニなどの甲殻類をエサにしているためか、その身には少しクセがありますが、ほんのりとした甘みと旨味を持ち、刺身や洗いで食べると思ったよりもコリコリとした歯ごたえが楽しめます。近い種類のクジメはアイナメとよく似た姿をしていますが、アイナメよりもかなり磯臭さが強く、味ではだいぶ劣るのでお間違えなく。アイナメは一年を通してそれほど味が変わることはないと言われますが、一般的には夏から秋が旬とされており、産卵期のものは身が痩せて脂が落ちるようです。活魚ではないものは鮮度が落ちやすいため、獲られてそのままのものよりも「活け締め」といって生きているうちに血抜きをされたものの方が美味しく食べられます。
アイナメをさばくときは、身が柔らかいうえにウロコが細かいので、丁寧にウロコを取ってください。また、小骨が多いため、皮1枚を残すくらいまで身に包丁を入れて骨切りをすると、唐揚げなどで食べたときに小骨が気にならなくなります。ところで「骨切り」と聞いて身構える方もいるでしょうが、ハモほど小骨は多くありませんので、荒い骨切りでも大丈夫ですよ。
アイナメ独特の脂がのった白身は刺身や洗いのほか、焼き物や煮付け、唐揚げ、干物、味噌漬けなどにされ、潮汁や味噌汁の具に使うと風味溢れる椀ものになります。醤油との相性もよく、照り焼きに山椒の葉をまぶした木の芽焼きは、アイナメのクセが気になる人でも食べやすいと思います。他にもホイル焼きやフライ、バター焼きなど、和洋中を問わず幅広く使えます。
また、アイナメをさばくと稀に身に黒ゴマのようなものが付いていることがあります。これはリリアトレマという寄生虫の幼虫が入っている袋に黒いメラニン色素が沈着したもので、もしこれが付いているアイナメの身を食べてしまっても、悪名高いアニサキスのように人体に害を与えることはありません。とは言っても見た目も悪く、さすがに刺身や洗いとして生で食べるのは勇気がいりますので、もし寄生虫がついたものを見つけたら加熱することをお薦めします。私の知り合いの剛の者曰く、「火が通ってしまえばただのタンパク質!」とのことですが…できればあまり見たくないですね。
アイナメの漁獲
アイナメの身はくすんだ白身をしていて、触ると軟らかい感じがします。岸辺近くに棲むアイナメは、防波堤や岩場からの磯釣りで親しまれています。また、底引き網や刺し網、アイナメカゴと呼ばれる籠漁でも獲られています。行動範囲が狭いため、飼育や種苗生産が比較的容易なアイナメは各地で養殖の研究が進められています。しかし、北方系の魚であるアイナメは暑さに弱いため、猛暑で海水温が上がりすぎると数が減ってしまったり、産卵数が一万個と他の魚に比べて少ないこともあって難しい面もあるようです。
アイナメの目利き
アイナメはほぼ一年中釣れるので磯釣りをする人達にとってはお馴染みの魚ですが、鮮度が落ちやすいためか店頭ではあまり見かけられません。新鮮なアイナメを食べられるのは釣り人の特権、みたいなものでしょうか。店頭で見ることがあれば、その模様にかかわらず色が濃いものや体の表面が艶やかに光っているものを選んで下さい。また目が黒く澄んでいることや、腹がしっかりとしていてエラが赤いことも目利きのポイントです。